■アジア側の丘の上にそびえるチャムルジャ・タワーに行きました。最寄り駅からも丘陵を登らなくてはならないとあったのでタクシーで。イスタンブールはボスポラス海峡を挟んで東がアジア、西がヨーロッパの時代が長かったので今でもそう呼ばれています。今日アジア側に行くと、これもあくまで印象ですが、開発はこちらの方が進んでいるのは、ヨーロッパ側には観光資源となる建造物が多く残っているからでしょうか。
■これらの写真はタワーから撮影しました。難攻不落と言われたコンスタンチノープルの堀でもあり、最近ではウクライナ側から小麦輸送でトルコが航海を許可したボスポラス海峡は上から見ると大河よりも狭く感じます。
■2枚目の写真はタワーの真下で開発された(タワーは2020年完成)宅地はプールつき。以前からきっと高級住宅街だったのでしょう。タクシーで通った箇所にも大豪邸が何軒もありました。
■3枚目はアジア側の高層建築群。モスクが並ぶヨーロッパ側の歴史地区と全く違う姿が見られます。
■グーグルマップを頼りに、この都市に何軒も展開している和食の店へ行きました。にぎり寿司を食べる勇気はありません。巻物がいろいろ。しかも日本では絶対にお目にかからないようなもの。それにも手が出にくくて、BENTOを注文。焼き飯風、肉入り野菜炒め風、ケバブ入り揚げ餃子風の3種類。申し訳なかったですが、どこにも日本がなかったです。そう言えば、雲隠れ先に初めて行った35年ほど前の和食も満足にいただけたのは築地から運び屋さんが持ってくる魚を使っての寿司ぐらいでした。この国の和食文化の道程は長そうです。そう言えば、日本車は韓国の2社より見る機会が少ないです。親日国と言われているけど、日本はまだまだ遠い国なのでしょうか?
■アジア側の丘の上にそびえるチャムルジャ・タワーに行きました。最寄り駅からも丘陵を登らなくてはならないとあったのでタクシーで。イスタンブールはボスポラス海峡を挟んで東がアジア、西がヨーロッパの時代が長かったので今でもそう呼ばれています。今日アジア側に行くと、これもあくまで印象ですが、開発はこちらの方が進んでいるのは、ヨーロッパ側には観光資源となる建造物が多く残っているからでしょうか。
■これらの写真はタワーから撮影しました。難攻不落と言われたコンスタンチノープルの堀でもあり、最近ではウクライナ側から小麦輸送でトルコが航海を許可したボスポラス海峡は上から見ると大河よりも狭く感じます。
■2枚目の写真はタワーの真下で開発された(タワーは2020年完成)宅地はプールつき。以前からきっと高級住宅街だったのでしょう。タクシーで通った箇所にも大豪邸が何軒もありました。
■3枚目はアジア側の高層建築群。モスクが並ぶヨーロッパ側の歴史地区と全く違う姿が見られます。
■グーグルマップを頼りに、この都市に何軒も展開している和食の店へ行きました。にぎり寿司を食べる勇気はありません。巻物がいろいろ。しかも日本では絶対にお目にかからないようなもの。それにも手が出にくくて、BENTOを注文。焼き飯風、肉入り野菜炒め風、ケバブ入り揚げ餃子風の3種類。申し訳なかったですが、どこにも日本がなかったです。そう言えば、雲隠れ先に初めて行った35年ほど前の和食も満足にいただけたのは築地から運び屋さんが持ってくる魚を使っての寿司ぐらいでした。この国の和食文化の道程は長そうです。そう言えば、日本車は韓国の2社より見る機会が少ないです。親日国と言われているけど、日本はまだまだ遠い国なのでしょうか?