園長のこぼれ話

冬の旅行記

◆1月6日(月)◆
■午前2時15分発が1時間30分の遅れ。夜型人間でもこれはキツい。椅子にもたれて不自然な格好で寝たり、搭乗後の食事サービスがどうなっているかは分からなくても、食べるより寝る。だから、いろいろ摘まんで空腹を満たしたりして何とか過ごしました。離陸したのは午前4時頃。睡眠導入剤を飲んで寝る体制に。何度かトイレに立つものの、気付いたのは到着2時間まえの朝食。結構空腹でほぼ完食。
■向かい風だったのか、結局予定より2時間遅れで到着。午後9時頃。1月6日がどこかへ行ってしまったみたいな変な感覚。どこでもドアで瞬間移動したよう。
■帰宅後、24時間営業のファストフード店で、「きつねうどん」。今回気付いたのはパスタ料理をあまり食べない国だということ。麺好きにはちょっとキツいかな?イタリアンはあるようですが、なかなか一人では入れないのは1人前が何でも大きいくて、食べきれそうにないからです。一度、ペンネ・アラビアータをホテルで食べましたが、特に美味でもなく、量も多く、かなり残してしまいました。
■今日から預かり保育も始まっています。写真をアップしないといけないかなと思っていると出勤していた教員が済ませてくれていたので、郵便物の整理がその時間で済ませられました。
■明日は全員出勤です。さあ、ニット帽の私を笑ってやってください。

◆1月5日(日)◆
■このブログは朝食後に書いているので昨夜の話から。
 評判のレストラン1軒を日本から予約していました。一人で行くのも手持ち無沙汰だろうからと(普通のレストランでは待ち時間に読書が基本)、前回数回お願いしたガイドさんに同行してもらうことに。ホテルからもそれほど離れていないのでタクシーを使って店で待ち合わせ。大抵ホテルスタッフが運転手にしっかり行き先を伝えてくれるのが、そのときのスタッフは手にしているスマホを見せれば分かると言ったきり。これが小騒動の始まり。
■下ろされたのは高速道路の脇。何を言ってるのかちんぷんかんぷん。取り敢えず、近くのビルに入って受付で尋ねることに。観光地では英語もよく通じますが、それ以外では日本並み?受付係ともちんぷんかんぷん。このビルにはないのは分かりました。入り口の表示にもレストランの名前はありません。ガイドさんも私がどこにいるか分からないとか。幸いにも客待ちのタクシーがいたので、電話でやりとりしてもらって一件落着。タクシーが待機していなかったら、寒さに震えながら路頭に迷っていたでしょう。予約時間があるので焦りました。
■そのレストランの話。
 ボスポラス海峡で捕れたマグロの生には、古人も食してたのかと俄仕込みの歴史に思いをはせるも味は……。温泉卵風にトリュフを散らしたのは意外と合う……。途中で焼きたてのパンが木箱に入って出されたのは愚行。特別なバターとの説明も空虚……。低温調理されたヒラメは美味しかった。でも全体的に見映え重視の昨今のフレンチ。大阪人にはコスパが大切。ここはチョット…。スタッフの給与にかなり消えていそう。
■結局名所旧跡に行かず仕舞いの1週間でしたが、時差ボケで早く目覚めて見た朝霧の美しさは格別だったし、ジェットコースターのような坂道ドライブも日本では経験できないこと。エレベーターの上下ボタンを必ず押すのも不思議だし、寒くても屋外での食事、お茶を好む人の頭上にはお化けヒーターが設置されていたりと、まだまだ新発見。でも、坂道があまりにも多いので、健脚でない私にはかなり辛い。タクシーは日本と比べたら割安ですが、流しを拾うのは一苦労で、結局結構歩くことも。
■これから荷造りをして超深夜便で帰国の途につきます。

◆1月4日(土)◆
■初めての雨です。到着2日間も少し降ったようですが、夕方まで降り続ける予報。観光客は雨の中の長蛇の列は不快でしょう。
■歯医者さんの話の続き。
 一昨日、遠くまで行かなくてもホテルから徒歩数分にも歯医者さんがあったのに気付かなかったのが不思議なくらい。「クリニック」とトルコ語のスペルで書かれていても何となく分かっても、一度その前を通り過ぎた際は歯のトラブルもなかったから注意がそこまで向いていなかったのでしょう。取り合えずドアを開けました。
■長椅子に一人、手持ち無沙汰そうにスマホをいじっている人がいて、きっと順番待ちの患者さんだろうから、少しは待たないといけないかなと思いつつ、受付で「ここは歯科クリニックですか?」と確認しました。すると先ほどまでスマホをいじっていた人が立ち上がり、「どうしましたか?」と。その人が歯医者さんでした。
■事情を説明しました。昨日付け直してもらっても直ぐに外れてしまったことも。「外れた歯を両サイドの歯とも固定しましょう。費用は○○ドルです」と明朗会計。トルコリラは不安定なので、ユーロかドルを好むようです。支払いはその時点でのレート。その歯医者さん、何度も帰国後治療を受けるように促してくれました。その後、夕食、朝食を摂っても歯は健全です。
■午後、東ローマ帝国帝国時代に建設されたキリスト教会が時代の変遷後、ビザンチン美術の美術館として公開されているのでタクシーで、金曜日は休館日とか。仕方なく、最寄りの市電駅まで歩きました。それにしても坂道の多い町です。幸い駅までは下り坂でしたが…。この地区は再開発から取り残されているようで、レンガと木造の建物も朽ちる一歩手前で残っていました。

■夕食のレストランの前は車一台が何とか通れそうな細い路地。一方通行の標識があるのかないのか、何故か左右からの車両がレストランの前で鉢合わせ。どちらも譲りそうにありません。協議が成立したようでグレーの車が後退。不思議な光景です。

■市中散策時はこんな帽子を着ています。でも室内でかぶっているのは大仰に見えます。クリニックからはニット帽は移植部分にくっつくから被らないようにと言われたけど、野球帽じゃカバー仕切れないし、やっぱりニット帽かな?カツラは選択肢から外します。


◆1月3日(金)◆
■ホテルの係員に歯医者を紹介してくれないかと尋ねると、できないとのこと。セキュリティと言ったけど、紹介先とトラブルが起きた際のホテル側のセキュリティでしょう。ただし、こちらが見つけた歯医者への連絡等は対応するとのことだったのでネットで調べて行ってきました。
■最近世話になり始めた歯科医のように、複数の医師が同じクリニックで治療する静テムのようです。ただ違うのは、ウサギ小屋から脱出できない日本は単にパーテーションで仕切られているだけなのが、こちらは個室。しかもかなり広く、6畳ぐらいはありそう。ドクターの席の横にはコーヒーメーカーも置かれていました。
■まずレントゲンを撮ります。費用は○○ユーロです。それから治療費は○○ユーロです。宜しいですか?と費用の話から。南国よりは高いし、何故レントゲンが必要なのかも分かりません。でも結構ですとも言えずに続行。レントゲンでは問題なし。でも外れた歯の根っこの部分が短すぎるのですぐに外れる可能性大と。いいんです。帰国後本格的な治療をしてもらう予定ですから。
■1時間は食事をしないように。4時間は歯を磨かないようにの注意事項も守った夕方、食事に出かける際に、メントスを一粒。これがいけなかった。そうまた外れてしまいました。地下鉄に乗って行った帰り道、ホテルの近くにも歯医者さんらしきを見つけたので、これからそこへ行きます。また外れるようだったら諦めましょう。
■写真はトルココーヒー。粉を小さな専用鍋で煮出す方法。エスプレッソに似てます。何故かちょっとした菓子と水が付けられることが多いです。砂糖入り、砂糖なしを頼めます。


◆1月2日(木)◆
■こちらも先ほど元旦が過ぎました。とても穏やかな一日で、昼間買い物に出かけた際はセーターの上に羽織ったジャケットを脱ぐほどの暖かさでした。
■カツラ屋が一駅のところにあるようなのでグーグルマップを頼りに行くも見当たりません。いろんな店が並んでいるのに見当たらないので階上に目をやると確かにありますが、どうも胡散臭い。ドアフォーンを鳴らしても応答がないのを幸いに諦めました。そこで今度は帽子を探しに。クリニックがくれたのにはロゴ入りだし、形も不細工。農家のお祖母さんなら、その下にほおかむりをして農作業しているような格好。取り敢えずそれを着て歩きましたが、剃り跡を見せて歩く方がマシ?似合うかどうかは別問題として、ハンチング帽を見つけました。後頭部に黒い包帯でも貼るのが一番良いかもしれません。益々笑い話になってきました。
■実はもうひとつ笑い話。以前の歯医者さんのときも被せ物が何度も外れて、しかも週末出張時が多く、豊中市の休日診察所に何度も世話になっていた歯が磨いている際に取れてしまいました。前回新しい歯医者さんから、次はこの歯ですねと言われていたので、大分悪かったのでしょう。取り敢えず、明日ホテルで歯医者さんを紹介してもらう予定。
■今回は前回のホテルと違って、名所旧跡の多い地区から多少離れているので、普段着の市民の様子が見られて楽しいです。帽子を見ていると、急に横の男性から英語で話しかけられて挨拶をして帽子を物色していると、その人の英語はそこまでで、店員さんが「何歳ですか?」と聞いているとか。不細工な帽子をかぶっていたので興味を引いたのか、トルコの国民性のひとつなのか、でも、観光地ではないやりとりでした。
■昼食をスタバのコーヒーとサンドイッチで済ませようと店内に入るとかなりの行列。オーダーするまで7分ちょっと。サンドイッチがなかなか来なくて結局20分。日本でスタバには行かないので分からないけど、ちょっとかかりすぎかな?これも国民性?
■今日は暖かかったので外でも寒さしらずでお茶できますが、寒かった数日前でも外でお茶。喫煙者は日本より多いようです。男女を問わず。室内は禁煙でも屋外はフリーパスのようです。これも国民性。私も座ってぼんやり人の往来を見るのが以前から好きなんです。暖かいと言っても10度。それでもコートを脱いでTシャツ一枚になっている人も。観光客に押し流されるような場所ではなく、こんなありふれた光景が好きです。そのひとつが下の写真。路上でよく見かける花売り。それだけ需要もあるのでしょう。許可を取って撮影しました。


🔶1月1日(水)🔶
 新年明けましておめでとうございます。こちらとは6時間の時差ですから、そろそろ夕食時ですね。年明けの一日はどのように過ごされたでしょうか?穏やかな一日だったことでしょう。
■さて、術後のことは後回しにして、大晦日の話から。
 大晦日にはボスポラス海峡周辺で花火が打ち上げられると聞いていて期待大だったのですが、一昨日通訳してもらった在住30年の日本人女性によると一言「ショボい」。

 左の写真はツアー募集用の写真で右側が昨夜ホテルから撮影したもの。実際、「ショボい」にも達しない程度、十数発。確かに打ち上げ花火は見る距離で迫力は異なりますが、それにしても期待外れの大晦日でした。ただ、国民の大半がイスラム教なので1月1日を祝わないそうです。今日は取り敢えずの祝日程度。ホテルの窓から見える高速道路もいつもと違ってスムーズに流れています。余談ですが、その高速道路の反対側に2棟のトランプタワーがそびえています。トランプ氏との関係はかなり深いそうです。
■さて、昨日午後に戻ります。
 クリニックでは移植部分の洗髪。と言っても理髪店のような洗髪ではなく、最初にかさぶたを柔らかくするローションを散布して20分ほど待ってから、泡状のシャンプー液を移植部全体にかけてから、ぬるま湯で流すだけでした。これを10日間毎日するそうです。もちろん自身で。
 今回同行の通訳さんはトルコ人の男性。30年間ほど日本人旅行者のガイドをされていたとか。その人も多少薄毛。植毛は精神的な面が多いとの弁。確かに薄毛は健康には何の影響も及ぼさないから、言い当たっています。私の場合、特に悩んでいた訳でもないので特殊なケース。
 その特殊なケースの割には後頭部の包帯を取られたあとを写真で見て驚き!医師は新しい大きな宝を手に入るのだから辛抱しないといけないと。さあ、私の場合、未来の宝物よりも現実のショックの方が大きいです。帽子をかぶるかカツラをかぶるか?
 今朝、枕に多少の血痕と黒い小さな豆粒のようなものが2,3付着していました。良く見ると小バエの小ささで、1ミリ程度の頭毛らしきものがついています。先日、私の頭髪の株は健康で、1株から2,3本生えているとか。それを実証するような株。就寝中に抜け落ちたのでしょう。定着する前に抜け落ちるのがあるのも充分理解できます。
■朝食会場で昨日の私と同じように後頭部に包帯を巻いた西洋人男性がいました。想像以上にイスタンブールの自毛植毛は盛んなようです。今回のホテルの近くには多くのクリニックがあるので、出会う確率は前回のホテルより遙かに高くなって当然でしょう。それにしても日常茶飯事でこのような旅行者を見るのも(私は見られる)何とも不思議な感覚です。そう、この国にも、これまで毎年行っていた東南アジアの国とは違った不思議が満載の国です。


◆12月31日(火)◆
■昨日は疲れていてお休みしました。航空機の事故、ホテルの火災など相次いで起きていますが、どちらにも関与していないのでご安心を。
■今回の訪問の目的は「自毛移植」。イスタンブールは欧米人の美容手術を一手に引き受けている感があるほど盛んだそうです。日本人も。それを知ったのは前回の訪問時。自毛に悩みがあるのではありません。年齢の割に頑張ってくれているでしょう。悩みもないのに何故?半ば興味本位です。そして少し感傷的な理由も。その理由を長くなりますが綴ります。
■私が生まれた頃の暖房器具と言えば、火鉢とコタツ程度。自宅には、寺の集会用に使う直径1m弱の大きな金属製のがありました。火鉢を使うのだから冬のこと。私はまだ1歳になるかならないかの頃。先に風呂から上がって父親が身体を拭いたとき、母が風呂の湯が温いので薪を焚いてくれと頼んだそうです。父は私に火鉢の端を持たせて焚き口へ。その後、私の悲鳴があったはずです。
■まだ若い両親が狼狽えたのは想像できます。救急車などない頃。隣町までリアカーに私を抱いた母を乗せ、父は懸命に借りた自転車を漕いだことでしょう。
■幸いにも左頭部と左手だけで済みました。左手の話は今回とは関係ないので省略で、左頭部には痕が残りました。当時の男児は殆ど丸坊主かそれに近いもの。でも私は傷痕を隠すために長くしていたそうで、女の子に間違われていたとか。
■父に対しての批判的な心情は一切持てなかったです。でも、父はずっと気にしていたようで、小学校5、6年生の頃、整形手術を受けさせられました。当時も植毛という話もありましたが、父は若い頃から薄毛で、母は何だかんだ言って否定的。当時の医療技術では好結果を得られたかも疑問です。結局、植毛は諦めて、左手と左耳の手術をしましたが、結果は特に変わらずで、その後、父から再手術の話はでなかったです。
■ただ若い頃から気になっていたのは薄毛になること。傷痕をカバーしきれなくなったらどうしようかと。それで、かなり若い頃から養毛剤を使っていました。イチロー選手のように。でもイチロー選手に勝ちました。私の髪色はまだ黒っぽさを残していますから。ただし、いつまでこの状態を保てるかどうか…。
■前回の訪問中に知った「自毛植毛」。日本にも出先機関があるクリニックでやりとりをして昨日手術。実は私の年齢と心筋梗塞を患っているので、クリニックは慎重でした。別のクリニックは高齢を理由に門前払い。局所麻酔に対しての懸念と出血。血液をサラサラにする薬は1週間服用を止めました。局所麻酔どころか全身麻酔も数ヶ月前に受けているので自身は心配していなくても、クリニックはそうではなかったようです。ただし、最後の問診で、「2階まで階段を昇っても息切れはしませんか?」程度。園内では一体一日に3階まで上り下りしているのか。そんなことは言わないで、階段は問題なしと。まあ、実際に健康そうで、年齢より若く見えるので安全だと察したのでしょう。それでオペ。
■いつも残念なのは何が起こっているかモニターできないこと。なので、麻酔の効いた局所での感覚だけで経緯をお話しましょう。
■毛根の部分を「株」と呼ぶようです。頭毛の上部は女性ホルモン、下部は男性ホルモンの影響を受けるらしく、植毛の場合は下部からまず株を掘り起こします。そのために後頭部をまずバリカンで刈られちゃいました。この部分がどんな状態なのかは現在包帯等で厳重に保護されているので分かりません。昼からクリニックで外してくれるそうです。
■その後、手術室へ。仰向けに寝かされて、万一点滴が必要になる際のために器具を装着していよいよ手術。うつ伏せになって麻酔の注射。多少の痛みはあっても問題なし。少し時間が経過して最初に感じたのは、どうやら毛剃り。ジョリジョリという音と共にストロークを感じます。その後、いよいよ株の掘り出し。ニキビ治療の際のような感覚。余談ですが、学生時代はニキビに悩まされて皮膚科に通っていました。ところが、ニキビ治療には一日に何度も水洗いしたら良いと聞かされ実行すると治りました。変なものをつけない方がよさそうです。
■この株の掘り起こし作業、何せ1,500株ほど必要とのことだったので、かなり時間がかかります。手術室の室温は決して快適ではなかったので、途中で尿意を催しました。20分待つようにと言われても自信がないので再度のお願い。医者は中断の準備。実は手術台には靴を履いたまま寝かされました。そのときは気付かなかったけど、なるほど中断は必ずあるので履いたままの方がお互いに楽。
■掘り起こし作業が終わると、いよいよ植え替え作業。横向きになれて多少楽に。まずは植物を植えるのと同じように、皮膚に穴を開ける作業。1,500回。数える余裕はないものの、横向きになったので、側壁に多少作業の様子が写るのを見て時間をつぶしました。
■穴開け作業が終わると、いよいよ株を植えていきます。興味深かったのはいくらか植え終わると植物の苗植えと同じように、スプレーで噴水。きっと何らかの薬剤が入っているのでしょう。この間、約4時間。インプラントの工事は口を開けておかないといけないので、時間は長くて昼が過ぎ、空腹を忘れるのに必死でした。
■最後に、株を掘り出した部分をかなり分厚くガーゼで覆ってテープで止めて完了。移植部分はむき出しです。痛み止め、抗生物質、化膿止めの薬とシャンプー2種類をもらって、再びクリニックの車でホテルまで送ってもらいました。この後、再度クリニックに行き、ガーゼを外してもらって一連の作業は終わります。
■以上、昨日の報告でした。この後は四方山話。
■クリニックはホテルも準備してくれます。おそらくそのホテルに宿泊されている二人の日本人患者さんが先着。一人は60歳前後で刈り上げ。頭部と前頭部に移植されるようです。もう一人は30代でしょうか。長髪ながら、かなり悩んでらっしゃるのが分かります。
■その人達に一人、私にも一人、トルコ語を話す日本人女性が通訳につきます。こちらの人と結婚して30年とか。
■手術室にはモニターがありました。でも実はテレビでした。作業途中から音声が聞こえてきます。患者の痛みやストレスを和らげるためにBGMを流す場合があってもテレビ放送でも効果があるのかなと思っていると、壁面に写った医者の手が止まり、画面を見ています。患者用ではなく、単純作業の株植えの息抜きだったようです。
■どうしても購入したいものがあったのでホテルを出ました。かなりグロテスクな見た目。でも他人ばかりの外国なので気にせずに。でも帰国後は…。
■就寝が大変。座ったまま寝るようにと通訳さん。そんなことできそうもありません。幸い日頃から横寝なので、寝返り防止のため枕を反対側に積んで寝ました。どうも一度寝返りをしそうになったようでも、慌てて目が覚めました。
■用心のため痛み止めは飲みましたが、痛感が鈍い人間は助かります。全く正常です。
■ただ、時差ボケが取れません。早朝に目覚めてしまいます。でもここの夜明けを見られてラッキーです。ボスポラス海峡から立ち込める朝霧にアジア側が天空の城のよう。夏には見られない光景です。
■以上、長文にお付き合いくださり、ありがとうございました。

◆12月29日(日)◆
■いつもより早く起きて、空港へ。そこから約10時間。前回ここに初めて来た際、こんなに早く再訪するとは思ってもいませんでした。ローマ帝国に関する本はいくらか読んでいるし、そのスケールの大きさは小説よりも楽しめました。ところが前回ここへ来て、オスマン帝国の繁栄とローマ帝国の滅亡がイスタンブールの地で交わっていることも初めて知り、かなり興味を持ち始めました。それで再びイスタンブール。
■長時間の飛行と昨夜の睡眠不足、4時間の時差のため、今日はこの程度で終わります。実際、移動だけだったので、書き留めることも殆どありません。おやすみなさい。


◆12月28日(土)◆
■今回、初めて市中をぶらつきました。まずはホテルからもそれほど遠くなく、最近出来た巨大ショッピングモールへ行きました。ショッピングモールと言うより、再開発された新都市のようなスケールでした。大型の店舗はまだ開店前のが多かったです。それにしてもこの国の再開発は留まりを知らないようです。1年前には長い間空き地だった場所にもかなり大きなショッピングモールができたばかりです。
■今日行ったのは、以前このあたりにナイトバザールがあって1、2度来たこともあります。でも今日、見た限り、ナイトバザールだけではない周辺も同時に開発されたようです。三越伊勢丹ホールディングも開発に一枚加わっているようで、三越には鬼門のこの地で高級食料品店として広い売り場を占めていました。写真はその入り口。デパ地下という新しい日本語を売り込むつもりのようです。でも、もっと足場の良い大きなデパートの食料品売り場もかなり充実しています。勝負できるかな?
■別の一角には日本食の店がずらり。土曜日の昼食時。どの店にも行列ができていました。天麩羅、ラーメン、定食どころか鰻専門店までありました。

■ひつまぶし定食。あれっ?鰻が長い!1尾そのまま提供しているのをアピールするためでしょう、器も長くして、そのままドスン。鰻に切り込みはありましたが、これだと同じ長さの鰻を提供しているのがよく分かります。日本式なら多少小さめの鰻でも誤魔化せますからね。
■この国は日本の常識が通じないことも屡々です。時折、路上で物もらいをする人がいるのですが、その人が旧式の携帯を触っているのを目撃。一種の営業だとの話を聞いています。
■露天商がクリスマスが済んでいるのに安価なサンタクロースの帽子など、雑多なクリスマス関連の商品を未だに売っていました。売っているのは買う人もいるからでしょう。この週末や大晦日のドンチャン騒ぎ用でしょうか?日本以上にクリスマスから宗教性が脱落して、イベントになっているようです。

◆12月27日(金)◆
■年内の預かり保育も無事終わったようです。こちらは、この頃には珍しく最高気温が35度!でも今回のホテルの徒歩圏内でいろいろ済ませられるので、それほど暑さは感じなかったです。
■発表会の全クラスの音楽をリンクし終えました。ただ、見つからない曲もあります。後日試みます。また、ピアノ曲は1曲だけではなく、他の曲も気ままに加える予定です。
■濃い髭でもないですが、髭剃りはできればしたくない。丁寧に剃ろうとしても、剃り残しが必ずあるので、休みの日はほぼほぼ剃りません。旅行中も。だから旅行中の楽しみは床屋で髭を剃ってもらうこともひとつ。数年前からある人を指名するようになりました。そして偶然にもこちらの友人の一人もその人を指名していることが判明。この人から床屋さんが秋に結婚するから披露宴に参加しないかとの連絡を受けました。近かったらOKでも…。不可能ではないものの…、断りました。それで今日、プレゼントを渡しがてら行ってきました。プレゼントは夫婦箸。日常と非日常が混在しているような一日でした。
■写真は別の友人達との会食時の北京ダック。友人達は中華系なので集まっての食事は大抵中華です。


◆12月26日(木)◆
■旅行者であっても観光客ではありません。朝食後は部屋でメールの返事書きやホームページ上の作業をしています。自宅ではなくても国内のホテルと些かも変わりません。ところが一歩外に出ると、そこは外国。でも、町中で聞き慣れない言語を聞いてもインバウンド客が多い日本錯覚しそうです。日常と非日常が交差しているのが心地良いのです。まあ、ずっと大阪にいたら、私宛の電話に出ないといけなかったりと雑用に対応しないといけません。今はメールというフィルターを通過したものだけなのも楽です。
■発表会のページの音楽をYouTubeとリンクしているのですが、何故かスムーズに再生されません。すぐに途中で止まってしまいます。数日前、苫小牧から送られた公開制限のYoutubeも途中で止まっていました。Chromeでの再生だけで起こるようです。原因不明。そのため作業に時間がかかっていて、年長、年中しか終わっていません。
■写真の説明

 歯磨きを買うためにドラッグストアーへ。キャッシャーに右側の人が派手な髪飾りをしながら仕事をしていました。店が準備したものではなさそうです。まあ、でもこの国では決して珍しい光景ではありません。なので右側の人に写真を撮っても良いかと尋ねると、横にいた同僚も呼んで、髪飾りを付けさせ、眼鏡までも。サービス精神旺盛な店員さんでした。こんな国なのです。心底人生を自由に楽しんでいるようです。

◆12月25日(水)◆
■昼前の便で、いつもの雲隠れ先に。ほぼほぼ満席でした。空港のビルを出ると湿度の高い熱気に見舞われました。初めてこの国を訪問した頃は空港から市内までの高速沿いには日本企業の巨大看板が立ち並んでいましたが、今回は何とか1箇所だけ。日本企業で働くのがステイタスだったのが待遇面で他の国の企業より悪くなり、そちらへ転職する人も増えているとか。N社とSU社の自動車工場も完全に撤退するとか。この国からの日本への旅行者は決して少なくないので親日的な雰囲気までは後退しないでしょうが、経済的な繋がりはこの30年ほどで随分変化したようです。
■ホテルに着いたのが5時前。こちらの友人に連絡して夕食。じゃあ私のホテルでとなり、一日目は結局どこにも出かけずに過ぎそうです。いつも、とても怠慢な旅行者です。
■夏の旅行では毎日のブログがトップページに表示されるので、一体何のサイトか間違われそうなので、冬の旅行記は、すべてこのページに書き込むことにします。お暇ならまた覗きに来てください。
■写真は空港で見つけた1機。何と言うデザイン!囚人服を思い起こしてしまいました。

楽しいから好き!が合い言葉。子ども達も保護者も通いたくなる幼稚園を目指して

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