■幼児期から一人遊びを好んでいました。友達と遊んでも大勢よりも二人で遊んでいたようです。だからでしょうか、中学になると一人で奈良の古刹を訪ねたり、写真の京都北山杉へは、当時封切られた川端康成原作の「古都」の映画を見て、ロケ地の古刹よりも北山杉に魅了され、スケッチブックを持って出かけました。今のようにネットで調べられないので、どうやって行けたのか覚えていませんが、地図でも買って出かけていたのでしょう。
■さすがに中学生は日帰りが限度。初めて本格的な一人旅を始めたのは高校2年生の夏。同級生の一人が春休みに城崎まで行ったとの話に刺激を受けたのです。旅程は今でもしっかり覚えています。まず最初に向かったのは大原美術館のある倉敷。そこから新見線の蒸気機関車に乗って小泉八雲の松江へ。松江からは船で隠岐へ行き、萩へ。秋芳洞を見て、山陰本線で京都まで戻るコースです。宿泊は松江以外はユースホステル。勿論、相部屋でシーツやタオルも持参。今の学生でも使わないでしょうね。
松江にはユースホステルがなかったので旅館。
■ユースホステルには希望する日時を往復ハガキで出して予約しました。旅館は日本交通公社と呼ばれていた頃のJTBで。鉄道の切符も周遊券を購入。準備万端。
■しかし、テストで満点が取れない人間です。松江でポカをしました。隠岐行きの出航の港を間違っていたのです。松江港ではなく、境港港。慌てて行っても間に合う距離ではありません。周遊旅行だから日程をずらすわけもいかないと焦り、松江空港からの飛行機があると言われ、前後のこともよく考えないで、予約して松江空港へ向かいました。運賃は4,000円ほど。松江の旅館が1泊1,500円だったからかなりの出費です。しかもしかも、私の目的地は別の島。空港に降りたってもどこへ行くすべもありません。幸い空港前に小さな店があったので事情を話すと、今日中に目的の島へ行く手段はなく、宿泊施設は紹介してくださり、そこまで車で連れて行ってもらいました。
■翌日目的の島へ渡ったかの記憶が全くありません。しかし、山腹の神社へ行っての帰り道、あまりにも喉が渇いたので民家に入ると、座敷に上げてくれて、汗で濡れたシャツを洗濯して乾くまで休んでいけと言われました。昨日からのドタバタ劇と急な山道を歩いた疲れからか、グッスリ寝てしまいました。人里離れた民家にいることも忘れて。
■島からの帰りは周遊券でフェリー。5時間の旅は心地良かったですが、その後は節約に節約を重ねないと持ち金が底をつきます。実際京都に到着したときは10円のみ。
■松江の旅館では蒸気機関車の煤で汚れた服を仲居さんが洗ってくださいました。隠岐の島の店の人や参道の民家の人など、人情に触れた旅でした。もしかしたら、この体験が私の一人旅の動機づけになっているのかもしれません。
■古いホームページには「履歴書」のページで生後まもない頃からを綴りましたが、新しいページには引っ越ししませんでした。今後は休みの日などで別段書くことのない日は「回想」として駄文を書き飛ばします。興味がおありなら、また覗いて下さい。高校3年生の夏は美ヶ原、上高地を回りましたが、別段思い出に残るようなことはなかったです。

楽しいから好き!が合い言葉。子ども達も保護者も通いたくなる幼稚園を目指して

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