園長のこぼれ話

嬉しいメール

■19年前に卒園された青年からメールをいただきました。一部名前を伏せて紹介します。
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■2005年度卒園のRYと申します。
 昨日、写真整理をしていたら、当時の幼稚園時代の写真が色々と出てきて、懐かしく思いメールを送らせて頂きました。ホームページ上からでも元気で賑やかな様子が伝わり、今も昔と変わらず続いている様で私も嬉しい限りです。園長先生も変わらずお元気そうで何よりです。そういえばカミナリ先生と呼ばれていた方はもういらっしゃらないのでしょうか。
ふと思ったのが、数年前からホームページのデザインがガラッと変わりましたね。昔のホームページは青背景で昭和から平成にかけて各卒園年度の集合写真が見れる項目があった様な気が・・・という話は置いておいて。私は今年で25歳になりまして、卒園したのが今から18年前(2006年3月)になります。2003年4月に千里敬愛幼稚園に入園して、年少はめろん組(桝田先生)、年中はぱんだ組(末廣先生)、年長はうぐいす組(土田先生)と進級していきました。私が言うのも恥ずかしいですが、どの先生も可愛がってくれてすごく優しい先生だったのを覚えています。
その中でも一番印象に残っているお話が2つあります。
当時うぐいす組に所属している頃の話ですが、朝方に同級生と鬼ごっこをする事になって、じゃんけんで鬼を決めるのですが、負けた子から鬼を押し付けられて、私は耐えられず泣きながら教室へ戻りました。その時にたまたま土田先生が目の前で立ち止まって声をかけてくれて、私が事情を説明したら押し付けた子に対してきつく叱った後、「辛かったんだね。もう大丈夫だからね。」と頭を撫でながら慰めてくれたのを覚えています。
その数か月後だったとは思いますが、当時バス通園していた私はある日、土田先生から「今日の帰りはバスじゃなくてお母さんが送り迎えしてくれるからね」と言われ頭の上は?(はてな)マークになりました。
家でお母さんがそんな事言ってたっけ?と思いながらも言われるがまま当日の帰りはバスには乗らず教室で待機していたのですが、暫くしてから慌てふためいた土田先生がこちらへ来て開口一番「ごめんね、玲於奈君!」と駆け寄ってきたのです。
そうです。他の園児と間違えて私に指示してしまったという事でした(笑)
恐らく、帰りのバスに私が乗ってなかったので母親もしくはバスの無線で連絡が来て、そこで初めて間違いに気付いたのだと思います。
その後は私が乗ってるバスの便は運行終了したので、母親が迎えに来てくれる事になり、教室で土田先生と待つ事にしました。
待っている間に先生が何回も「本当にごめんね・・・ごめんね・・・」と、終いには涙を流されていました。私から「大丈夫だよ」と言ってふと先生の頭を撫でていると「玲於奈君、優しいね」と言われたのを覚えています。
全部あなたから教わったのですよ。
今思えば、何気ない日常だけど、先生が思いやりの心というのを教えてくれたのではないかと思います。
その土田先生は今頃どうしているのかとふと思います。
私が聞いた限りだと2009年ぐらいにご結婚をされたと同級生から聞いていますが、それ以降はコンタクトが無いので分からないままです。同窓会とかあれば、私が大阪に住んでいる内に是非会ってお礼を改めて言いたいですね。もちろん、桝田先生と末廣先生にも!
最後に当時うぐいす組に所属していた頃の写真をデジタルデータ化したので添付させていただきます。(お別れ遠足で行った今は無きエキスポランドで撮った集合写真もあります。)
(当時の卒園アルバムが手元から無くなっていたので、写真をデータ化してまとめようとした次第です。)
■何気ない日常での何気ない一言が20年近く経っても忘れずに、しかもその一言が今のご自分を形成する要因のひとつだと考えてくださっていることが嬉しくもあり、私達の子ども達への接し方の重要性は、今月の「せっせっせ」で書かせてもらった内容にも通じるものがあります。
■土田の近況をご存知の方はお知らせ願えますか?彼にお伝えします。

楽しいから好き!が合い言葉。子ども達も保護者も通いたくなる幼稚園を目指して

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