回想 園長のこぼれ話

私のスポーツ歴

■体育の日なので。
■幼少期はとても小柄でした。整列するといつも前から2番目。身体が小さいから運動ができないは言い訳でしょうが、周囲から運動音痴と言われていたと言うか、身体を動かすのがあまり好きではなかったのは確かなようです。自転車に乗れたのは小学校高学年でしたし、跳び箱、鉄棒の器械体操系は練習もしないから出来ない。運動会の徒競走も全力で走ったためしはありません。中学から始まった水泳もどう誤魔化していたのか。顔を上げての平泳ぎ程度。小学校では野球少年が多く、バットとグローブは兄のお古を使っていても、同級生達と球を追った記憶はほぼ皆無。
■兄に連れられて2度ほどスキーに行き、その後大胆にも一人で八方尾根まで行ったことがあります。でも、大学生になって春スキーに行ったつもりが、ロッジで日向ぼっこをしている方が気に入って、それ以降スキーの板は履いていません。
■転機は40歳前。友人達と個人の介護保険に入った方が良いとかの話の流れから運動の必要性になり、丁度そのタイミングで車で10分ほどのところに会員制のジムができたので入りました。厳密にはそれまで何もしていなかったのではありません。高校時代(背はほぼ平均まで伸びました)、同級生の女子から「細い!」と言われたのを機に、当時はジムなんて名称ではなく、「大阪ボディビルセンター」という名の施設を今はなんばパークスになっている大阪球場の観客席の下に見つけて、取り敢えず体験に行きました。同時にもう一人の体験者がいて、今のジムにあるような機器は一切なく、何故かベンチプレスが重量を変えて一列に並んでいるのを、軽いのから始めました。コーチは私の弱々しさを察して、途中で中断。もう一人は続けていました。少しシャクと思いつつも、その足で映画を見ているとドッと疲労が出てきて寝てしまいました。コーチは止めなかったらぶっ倒れると思ったのでしょう。少しそこに通っていると北新地に系列店があるからと進められて行くと、とても狭い場所で、しかもガタイの良い人達がずらり。で、気後れしたのと、大学でクラブに入ったこともあり中断しました。未だにウエイトトレーニングはあまり好きではありません…。
■横道に逸れました。近くのジムに通い始めても、暫くするとプールだけになりました。ある日、親しくなった会員の方が背泳ぎをキックだけで25メール泳ぐほどの泳力の持ち主だったので、クロールを教えて欲しいと頼みました。まずビート版。ところがどうでしょう。キックをすると後に下がるではないですか。自分でも笑ってしまいました。たまにいるらしいですね、こういうの。結局そこのジムでは25メートル泳げなかったです。1,2年後に今のジムに変わり、そこで個人レッスンを受けてクロール、平泳ぎと泳げるにようになって、難関の背泳ぎ。上を向いて水に浮く経験が全くなかったのでクロール同様苦労しました。一人で練習を始めると、スタッフの一人がライフガードの椅子に座っています。何度か経過してから尋ねると、個人レッスンをしてくれていたマネージャーが私の水没を恐れて来させていたようです。何とか溺れずに泳げるようになると、次はバタフライ。意外や意外、クロールや背泳ぎほどの苦労なく泳げるようにはなったのです。でも、Applewatchは認識してくれない…。
■テニスも40歳を少し過ぎてから。観戦は好きでした。でも、自分でしたいとはなかなか思わなかったのですが、ラケットを一度も持ったことのない友人を誘って柴島のスクールで始め、今は江坂で頑張っています。上手からはほど遠く、振替で他のクラスに行くと迷惑になるので行かず、でも、今日も1時間半、汗を流しました。

楽しいから好き!が合い言葉。子ども達も保護者も通いたくなる幼稚園を目指して

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