園長のこぼれ話

小さくても一歩前進

■昨日の最年少の体育活動後、体育教員から相談を受けました。
 教員:マットの上のスタート時に身体を屈めるのは必要ですか?
 私:違和感は確かにあったね。でも、屈めさせることでスタート時に静止させているのでは?
 週2回の2歳児のポッケが始まってから、運動会の障害走のスタートで子ども達は屈んでいました。教員にも言ったように、屈まなかったらそのまま跳び下りる子もいるのが想像できるからだと考えていました。ところが昨日、屈むことすらスムーズに出来なかったり、屈んで勢いよく飛び下りるのではなく、身体を反対に向けてずり落ちる子も多くいました。運動会より3ヶ月早いので身体的成長も違ってきます。スタート時に屈ますのに不自然さを私も感じていました。「やらせ」っぽく映ったのです。
■マットの上に立って、合図の笛の音が聞こえるまで待ってくれるだろうか、実際にしてみて上手くいかなかったから屈ませるようにしたのではないか。当時の教員は退職しているので聞けなくても、そう想像できるし、教員も納得した様子です。では、マットの上で立たないで、スタートができる方法を考えるべきです。いつ閃いたか記憶にないものの、新しいスタート方法を提案しました。

■左が昨日のスタートで、右が今日のです。今日のは這い上がる前にスタートの笛を吹きます。子ども達の流れがスムーズでした。飛び降り方もそれぞれで、とても自然に感じました。教員も同感で、今後はこのスタートで行ないます。ジャンプも回を重ねると大胆になるでしょう。
■とても小さな一歩ですが、これまで行なっていたからとの理由で同じことをしているのではなく、子ども達の様子から新しい工夫をするのが大切で、私自身も違和感を感じながらも、そのうち出来るようになるだろう程度に見ていたのが、教員の言葉から新たな可能性を考えたのです。小さな一歩。でも千里敬愛幼稚園の保育は、これまでの教員達の手による小さな一歩の積み重ねで出来ていると言っても過言ではありません。その一歩は、当然ですが子ども達の活動中の姿をどう捕らえるかで始動します。

楽しいから好き!が合い言葉。子ども達も保護者も通いたくなる幼稚園を目指して

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