園の教育

幼児教育としての音楽教育

一口に幼児の音楽教育と言っても、音楽教室や個人レッスンと幼稚園での目的は当然違います。市中の音楽教室や個人レッスンは特殊な技術を身に付けるための機関である一方で、幼稚園での教育は人格形成の基礎作りが最大の目的です。これを混同してしまうと、幼稚園での音楽教育が歪んだものになってしまいます。すなわち技術的な指導に終始してしまい、できない子を指導性という名の元で堂々と疎外してしまうのです。

幼稚園・学校教育で重要なのは次の2点です。

1)意欲
何事にも意欲的に取り組むことで、いろんな能力を身に付けます。子ども達が受動的にやらされていたのでは、見かけの成果にすぎず、このような環境では、他者からの圧力が弱まると自ら取り組もうとする姿勢もなくなります。
意欲的な取り組みのためには、その活動を楽しいと子ども達が思わなくてはなりません。技術指導ばかりに走ると、子ども達から楽しさを奪います。音楽嫌いはいないはずなので、音楽の指導を拒絶する子がいるなら、指導方法の見直しが必要です。

2)自己表現
音楽に限らず、言語、造形、身体表現活動が幼稚園・学校教育で取り上げられているのは、いろんな表現活動で自己を表現しながら、自己を確立(人格形成)するためです。
獲得した技術や知識を表現活動で自ら再構築することで、知識や技術も自分のものにします。
また表現したことを自ら検証したり、他者からの評価で自己確立につながります。
このメカニズムは幼児だけではなく、我々大人にも言えることです。

この2つの観点を持たない音楽教育は幼稚園では相応しくないと考えています。

次に表現活動としての音楽について考えて見ましょう。
教育要領では「親しむ」とか「楽しむ」とか書かれてありますが、如何なる表現活動でもそれだけでは不充分だと考えています。
子ども達それぞれの思いや考えが表出してこそ表現活動です。
造形活動では指導者の下請けになり、音楽や身体表現では指導者に操作されるロボットにされてしまいます。これでは先に述べた、表現活動を通しての自己の確立も望めません。

では音楽という手段によって子どもは自己表現が可能なのでしょうか?
楽器演奏=音楽教育という従来の概念では難しいと言わざる得ません。何故なら、演奏という形態は、作曲家が作曲した曲を再現する行為だからです。手本の絵を忠実に描かそうとする幼稚園があると知って驚嘆しましたが、芸術の世界ではまず師を真似ることから始める伝統があるとしても、音楽で言われた通りの演奏をさせているだけでは、手本の模写と大差がありません。
私が最初にぶつかった壁がここにありました。
そんな折りに出会ったのが、音楽療法でした。
30年近く前、ヨーロッパで学んだ音楽療法での活動を少し手直しして子ども達に示すと、これまでの楽器演奏では見られなかった反応を返してくれました。
これが「サウンド・プレイ」と呼んでいる活動です。

ここで、音楽療法のある講習会で手渡された一枚のプリントを紹介します。
クラウス・バング氏はデンマークで長年、聴覚障害者のための音楽指導をされていました。

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○クラウス・バング氏による音楽療法の10のねらい
①交渉(contact)と
意志の伝達(communication)の確立
音楽は言語と同様に交渉や意志の伝達手段として有効である。
特に言語能力が劣る人達との交渉には、音楽は立派に言語に代わり得る。
また情緒という輪郭がはっきりしないことを伝達する方法としては、音楽は言語以上に的確に伝達できることが往々にしてある。
②感覚機能の発達
音楽は聴覚や視覚を伴いながら刺激する。
そのため、感覚機能が著しく発達する。
③運動機能と運動感覚の発達
運動機能の中でも、とりわけ調整力の発達が生活の場面では重要だが、演奏することにより、そられの機能を高められる。
④社会性の発達
音楽が人との交渉や意志の伝達の確立に寄与することから分かるように、社会性の発達をも音楽は促す。
⑤社会生活に起因するストレス等の
心理作用の解放
普通人に対する音楽療法は集団で行なうのが常だが、集団で音楽を演奏することにより、各自が持っているストレス等の心理作用から解放される。
⑥情緒性の活性化
音楽は情緒性と強いつながりがあり、それを刺激するために活性化が進む。
⑦言語活動の発達
特に歌唱によって言語指導もできるし、また音楽による意志の伝達の力を借りて、言語による意思伝達も容易になる。
⑧知的面の発達
上記の要素を総合的に受けることにより、知的な面での発達も促される。
⑨個人の、あるいは他人との間での
新しい興味付けへの刺激
人間観の確立や復帰に音楽は役立ち、そこから新たに興味を持つことも可能だし、
運動面、情緒面、言語面、知的面での発達に伴って、興味の幅も広がる。
⑩音楽的な上達
音楽を用いているので、当然音楽面での上達も可能である。しかし、これを全面的にねらうと、単なる技術指導になり、上記のねらいに支障が生じる危険性がある。
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これらの観点は幼児教育に通じます。音楽的な上達を全面的にねらう危険性を示唆しているのは私達幼児教育に携わる者にとっては心しなくてはならないでしょう。

○サウンド・プレイの成り立ち
サウンド・プレイの説明の前に、音楽の三要素について説明します。
一般的に音楽の三要素と言われている、リズム、メロディー、ハーモニーは厳密には「作曲の三要素」と呼ばれるべきものです。作曲する際にこれらの要素を駆使することで曲が生まれます。
この「作曲の三要素」に対して「演奏の三要素」があります。曲を演奏する際に演奏家が表現の手だてとする要素です。
①ダイナミクス(強弱)
②アゴーギク(速度)
③音色
演奏家はこれらの要素によって独自の演奏スタイルを生み出します。

サウンド・プレイでは、主にこの演奏の三要素を使って活動を組み立てます。演奏の三要素のうち、リズムに関しては独自性こそ不可能でも、子ども達でも創り出せるので、幼児でも扱えます。

演奏の三要素だけを抽出すると、技術は特に必要としません。先にも述べたように、演奏は再現活動であり、そこには手本が存在するので、どんなに簡単な曲であっても、手本の意図を理解できなければなりません。
技術を必要としないなら、子ども達にもストレートに自分の思いや考えを表出できます。
演奏となると、技術の上に演奏の三要素をプラスするために、そこでの自己表現はかなり高度なものとなります。
もちろん、サウンド・プレイだけが音楽教育と捉えていませんし、音楽療法でも演奏形態を取り、自己表現という形だけではなく、アンサンブル(合奏)による教育的効果も述べられています。音楽に係わる活動は楽器を使ったものだけではなく、歌唱や動きなども加わります。だから、楽器を使う活動を、リズム打ち、合奏だけに留まらず、サウンド・プレイも導入することで音楽活動がより多彩になると考えて下さい。

○合奏の考え方
・楽器演奏は何かの行事で演奏する曲だけですか?
・何日もかけて練習しないと弾けない曲ですか?
・個人差に悩んでいませんか?
・メロディーを弾かせていませんか?
・指導そのものを苦痛に感じたことはないですか?

幼稚園に入って、私がまず取り組んだ活動が音楽でした。音楽を系統的に学んだことはなく、単なる音楽愛好家でしたが、多少の知識もあるのでと気楽に取り組みました。
ところが現実は悲惨でした。
当時、いろんな園の音楽指導を見学しました。大阪でも一番大きなコンサート劇場で幼稚園児とは思えないような演奏を聴いたこともあります。しかし、音楽の内容は「たかが子ども」だし、それ以上に子ども達の固い表情が気になりました。
別のところで聞いた演奏の途中、間違った子どもが、神経質に舞台の袖を振り返ったのは痛々しかったです。
演奏をする場合、多少の良い意味での緊張は必要です。しかし、「間違ったらどうしよう」と訴えているような子どもの表情は見ていて辛いです。親でもない私が。

どのような方向で指導すれば良いか悩んでいる頃に出会ったのが「オルフ・シュールベルク」というメソードでした。
カール・オルフはドイツの現代作曲家で、小学校以降の音楽教育にも深く係わり、一度来日され、ブームになったことがあるようです。主にドイツ語圏では彼の考えを基にした音楽教育の普及のための研修会を定期的に開催してることを知り、数年間何度も学びに行きました。先の音楽療法もその研修の一環として開催されていたものです。
オルフの考え方を説明します。

・言葉の持つリズムを大切にする。
・身体を楽器として捉える。
ボディー・パーカッション
・楽器演奏ではオスティナート、ペンタ
トニックを多用する。

言葉の持つリズムに関しては残念ながら日本語は平坦なリズムなので使えません。文章としてなら可能ですが、リズム指導には不適当です。

ボディー・パーカッションは先の演奏の3要素にリズムを加えるだけで、かなり豊かな創作も可能だし、簡単な形でなら子ども達とも手遊び感覚で遊べます。

オスティナートとは、同じ音型の繰り返しで演奏する形式で、ラベルのボレロは特に有名です。同じ音型なので、子ども達は覚えることが少なく、簡単に演奏できます。
ペンタトニックとは通常の音階、ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シの7音階に対して、そのうちの2音がない5音階の音楽です。
5音階のメロディーには、どのようなハーモニーをつけても違和感が殆どないので即興音楽には適しています。幼児にはそれでもハードルが高いため、何度か試みたあと、カリキュラムから外しました。

○まとめ
幼稚園教諭は音楽の専門家ではないため、外部からの指導、研修を何らかの形であおぎます。ところが音楽の専門家は往々にして幼児教育には疎く、自分が特殊教育の場で指導している幼児を基準に幼稚園での音楽教育を考えます。そこに大きな歪みが生まれるのです。

楽しいから好き!が合い言葉に、子ども達も保護者の方も通いたくなる幼稚園を目指して。